福岡地方裁判所 昭和60年(ワ)520号 判決 1986年8月22日
原告 合原正人
右訴訟代理人弁護士 田中久敏
被告 田中徳
右訴訟代理人弁護士 森竹彦
主文
一 被告は、原告に対し、金一五万九五〇〇円及びこれに対する昭和六〇年三月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金二三八一万二〇四二円及びこれに対する昭和六〇年三月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 第1項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (事故の発生)
(一) 日時 昭和五六年一二月一二日午前一一時三〇分
(二) 場所 春日市大字春日三五二―一先路上
(三) 態様 被告が普通乗用車(福岡五七み六四五五。以下「加害車」という。)を運転して、右同所付近を走行中、急左折したため、同車輌左側を並走していた原告が、接触を避けようと、その運転する自動二輪車(福岡み六二―五二)のハンドルを左にきって標識に衝突、転倒したもの。
2 (被告の責任)
被告は、加害車の所有者である。
3 (傷害等)
本件事故による原告の傷害等は次のとおりである。
(一) 傷害
胸・腹部打撲傷、左肋骨骨折(第五、六、七、八、九、一〇、一一)、腹部内臓破裂、外傷性脾臓破裂、左肩関節打撲傷、外傷性膵臓損傷、血清肝炎
(二) 治療
秦病院に昭和五六年一二月一二日から同五七年二月二七日まで入院(七八日間)
同病院に同五七年二月二八日から同年五月二五日まで通院(八七日間、実治療日数一一日間)
(三) 留年
原告は事故当時一九歳で、第一保育短期大学一年生であったが、右傷害の治療のために昭和五六年一二月一二日より同五七年三月三一日まで欠席し、その結果、一学年留年せざるを得なくなった。
(四) 後遺障害
前記障害により脾臓全摘出を行なった。
4 損害額
(一) 治療費 金二五五万九一五五円
(二) 付添看護料 金一五万三〇〇〇円
(三) 入院諸雑費 金五万四六〇〇円(但し七〇〇円×七八日)
(四) 入・通院慰謝料 金一〇五万円
(五) 後遺障害による逸失利益 金二〇一〇万七五四二円
(1) 昭和五六年度賃金センサス男子労働者高専・短大卒二〇歳~二四歳の平均年間給与 二〇〇万六九〇〇円
(2) 労働能力喪失率 一〇〇分の四五
(3) 新ホフマン係数(二一歳から就労したとして) 二二・二六四九
(六) 留年による損害
(1) 授業料一年分 金四五万一〇〇〇円
(2) 二〇歳から就労していたのであれば得べかりし利益 金二〇〇万六九〇〇円
但し、前記(五)の(1)による。
(七) 後遺障害による慰謝料 金五四〇万円
(八) 既払額
(1) 治療費 金二五五万九一五五円
(2) 自賠責仮渡金 金四〇万円
(3) 自賠責後遺障害給付 金六七二万円
(4) 授業料 金四五万一〇〇〇円
総額 金一〇一三万〇一五五円
(九) 弁護士費用
損害金残額は二一六五万二〇四二円であり、弁護士費用としてはその約一〇パーセント二一六万円が相当である。
5 結論
よって、原告は被告に対し、不法行為に基づき、右損害金残額に弁護士費用を加えた金二三八一万二〇四二円及びこれに対する不法行為後である昭和六〇年三月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、被告が急左折したことは否認し、その余の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は不知。同4のうち、既払額は認めるが、その余の事実は否認する。
原告主張の損害の大部分は、脾臓摘出に伴う逸失利益と慰藉料であるところ、脾臓は、もっぱら胎児期、嬰児初期において造血作用を営む機能を有する器官であり、それ以後はこれを摘出しても、生命にも労働能力にも影響を及ぼさないから、原告主張の損害は生じない。
三 抗弁
1 (過失相殺)
本件事故は、被告が道路左側の店舗の駐車場に入ろうとして左折の合図をし、時速約二五キロメートルに減速してやや道路左端に車を寄せようとしたところ、後方から高速度で進行してきた原告運転の自動二輪車が運転を誤って、左道路端に立てられていた道路標識ポールに衝突転倒して負傷したもので、原告自身の過失も重大である。
よって、相当の過失相殺をされるべきである。
2 (損益相殺)
原告は留年による損害を請求するけれども、原告が実質的に授業を受けられなかったのは、原告の治療日数の主張を前提としても、事故の日である一二月一二日から翌年の三月末までと考えられ、それからの一年間の留年期間は(それまでとほぼ同一授業内容のはずであるから)アルバイトをしても相当の収入をあげることが出来るし、またあげたはずである。
したがって、あげえたであろう収入額は損益相殺されなければならない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実はいずれも否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1のうち、被告が急左折をしたことを除くその余の事実は、当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、被告は、本件事故現場の道路の左側に設けられていた自動販売機コーナーに立ち寄ろうと考え、まず、その手前の入口に左折進入しようとしたものの、その機を失ったため、急拠、その先の入口に左折進入することとし、左後方の安全確認をせず、左折の合図もしないまま、道路の左側に進路を変更したこと、原告は、自動二輪車を運転して加害車の左やや後方を加害車と同方向に進行していたところ、加害車の突然の進路変更に驚き、接触を避けようとして、ハンドルを左にきったため、左側の標識に衝突し、転倒したこと、以上の事実を認めることができる。《証拠判断省略》
二 請求原因2の事実は当事者間に争いがない。したがって、被告は自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故によって原告が受けた損害を賠償する責任がある。
三 抗弁1(過失相殺)について
被告は、本件事故につき、原告に高速度で進行してきた過失がある旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
四 《証拠省略》を総合すると、請求原因3の各事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
五 請求原因4(損害額)について
1 治療費
《証拠省略》によると、本件事故による傷害の治療費として金二五五万九一五五円を要したことが認められる。
2 付添看護科
原告の入院日数が七八日間であることは前認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、この間原告の近親者等が付添看護に当たったことが認められるところ、《証拠省略》によると、このうち五一日間については、医師がその必要を認めていたことが認められる。そこで、その付添看護料としては、一日当たり三〇〇〇円の五一日分として、金一五万三〇〇〇円とするのを相当と認める。
3 入院諸雑費
一日当たり七〇〇円の七八日分として金五万四六〇〇円とするのを相当と認める。
4 入通院慰藉料
前認定の入院日数(七八日)及び通院日数(八七日間、実治療日数一一日間)に照らし、原告主張の一〇五万円を下らないものと認める。
5 後遺障害による逸失利益
原告が、本件事故により、外傷性脾臓破裂の傷害を受け、脾臓全摘出手術を受けるのを余儀なくされたことは前認定のとおりであり、労働基準監督局長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号の上では、この場合の労働能力喪失率が一〇〇分の四五とされていることは明らかである。
しかしながら、《証拠省略》を総合すると、脾臓の全摘出を行なっても、脾臓の有する本来の諸機能は短時日の間に肝臓、リンパ節、骨髄などに代償され、人体に特段の影響はないことが認められるので、この点について、右労働基準監督局長通牒の定めを参酌することはできず、原告の労働能力の一部が失われることはないものと認められる。もっとも、《証拠省略》によると、脾臓の機能は複雑で、なお不明な点も多く、脾臓の全摘出に伴う免疫能の低下等の有無について、医学上議論の余地が残されていることが窺われるけれども、もとより、このことをもって原告の労働能力の一部が失われたものと認めるには十分でなく、むしろ、こうした事情は、後記慰藉料の算定に当たって斟酌するにとどめるのが相当と判断される。他に叙上の認定を覆えして原告の主張事実を認めるに足りる証拠はない。
6 留年による損害
原告が本件事故当時一九歳で、第一保育短期大学一年生であったこと、本件事故による傷害の治療のために昭和五六年一二月一二日より昭和五七年三月三一日まで欠席し、その結果、一学年留年せざるを得なかったことは前認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、このため、原告は、一年分の授業料として、金四五万一〇〇〇円の支払を余儀なくされたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
また、原告は、本件事故がなければ二〇歳で卒業して就労し得たはずのところ、右留年により、その一年分の収入を失ったものと認められ、その額は、昭和五六年度賃金センサス男子労働者高専・短大卒二〇歳~二四歳の平均年間給与により、二〇〇万六九〇〇円と認めるのが相当である。
なお、被告は、損益相殺として、右留年期間中の相当期間については、原告はアルバイトによる収入をあげ得たはずである旨主張する(抗弁2)けれども、これを認めるに足りる証拠はない。
7 後遺障害による慰藉料
原告は、前認定の態様による本件事故により、脾臓の全摘出を余儀なくされたこと、脾臓の機能は、基本的には他の器官により代償されるが、この点については医学上なお十分に解明されていない部分がないではないこと、代償器官に障害が生じた場合には、脾臓本来の機能に支障を来たす可能性があること等本件に顕われた諸搬の事情を勘案すると、本件後遺障害による慰藉料としては、金四〇〇万円の支払が相当と認める。
8 既払額の控除
以上認定の損害額から、原告が既に支払を受けたことを自認する一〇一三万〇一五五円(請求原因4(八))を控除すると、一四万四五〇〇となる。
9 弁護士費用
原告が被告に対し賠償を求め得る弁護士費用は一万五〇〇〇円とするのが相当と認める。
六 よって、本訴請求は、損害金一五万九五〇〇円及びこれに対する不法行為後である昭和六〇年三月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言の申立については、その必要がないものと認め、これを却下することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 倉吉敬)